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ホリエモンを崇める人は、新興宗教に洗脳された信者と似ている

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いまも若手起業家などから“憧れの存在”として見られることも多いというホリエモンだが、当の本人はそうした人たちに対して意図的に距離を置いている。ホリエモンは「別に目指すのは構わないが、イメージだけを追いかけているのは困りものだ」と語る。いったいその真意はどこにあるのか。

ホリエモンが最新刊『属さない勇気』で解説している、働き方や生き方の未来についての新たな提言を短期集中連載。第2回は、表層的なライブ体験ではなく、本質を学ぶことの重要性について解説する。

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私は長年、フリーエージェント(組織に雇われない働き方をする人)風の人たちに、教祖のように崇め立てられている。

高級スーツを着た若手起業家を名乗る若者が、「堀江さんの本を全部読んでます!」とか、「堀江さんを目標にしてます!」と、しょっちゅう寄ってくる。もし私の本をきちんと読んでくれているのなら、もっと他のビジネスに目が向くのではないかと思うのだが、彼らは、カネ儲けを最優先の目的にしている傾向が強い。

高層マンションに暮らす、セレブのパーティに呼ばれる、高級シャンパンを浴びるように飲む、ブランド品に囲まれる……など、かつてのヒルズ族が体現した、カネ持ちのライフスタイルを夢見ている。ホリエモンは、そういう生活を実現させた成功者というイメージが、いまだに残っているようだ。

別に目指すのは構わないが、カネ持ちの外見の部分というか、イメージだけを追いかけているのは困りものだ。側の部分に目がくらんで、本質が見えていない若者は多い。

私が起業した最初のきっかけは、インターネットのすごさに興奮したこと。その可能性をビジネスで追求しているうちに、たまたま六本木ヒルズに住むようになっただけだ。スタートが全然違う。

意識的に距離を取っているけれど、いろんなルートを使って、彼らはいまだに私をセミナーの講師や、顧客を集めた講演会のゲストに呼んでくる。そもそも、講演会で「私の話を聞きたい」というスタンス自体、おかしい。

私の考えや思想を知りたいというなら、私の著書やメルマガを読めばいい。講演会で話す内容は、すべて同じだ。本に書いてあることを、いちいち聞きに来る必要はないだろう。本を読んだ方が、講演会場までの交通費より安上がりなはずだ。

それでも堀江貴文を呼びたい彼らは、ライブ体験を期待しているだけだ。生の姿が見られた、声を聞けた、講演会後に握手できた、写真を撮れた……など。私と直接ふれあえる、わずかな可能性に、高い価値を感じているのだ。

マスコミの取材依頼も、大半は同じ。正直、少し迷惑な話だ。私そのものを、ありがたがってもらってもしょうがない。私はアイドルでも教祖でもないからだ。

瀬戸内寂聴さんの法話に大勢の聴衆が押し寄せるのはなぜか

堀江貴文を崇める人は、どこか新興宗教に洗脳された信者と似通っている。例えば、仏教は経典を唱えると極楽浄土に行けますとか、仏像を拝むと御利益がありますなど、表面だけの行為が信者の間に広まってしまっている。

仏教は本来、ブッダが構築した複雑な哲学みたいなもので、それを理解するのが信者の大切な目的のはずだ。お経の内容を知ることに本質的な意義があるのではないか。

しかし多くの仏教徒は、お経を唱えたり、多額のカネを喜捨したり、仏事修行に打ち込んだり、表面的な行為に熱心になっている。本質を学ぶより、「ありがたいものをいただけそう」なライブ体験の方が大事になってしまっているのだ。

瀬戸内寂聴さんが名誉住職を務められている岩手県・天台寺での法話には、5000人以上の聴衆が押し寄せるという。ほとんどは、寂聴さん見たさのファンだ。仏教の本質を学びたいわけではないだろう。

寂聴さんの声を聞き、生の姿を見たいから、足を運んでいる。寂聴さんの法話をリアルで聞けるという、ライブ体験が欲しいのだ。彼女の思想をきちんと知りたいなら、無数に出ている寂聴作品を読めばいい。その努力をしないで、表面的な行為で満足してしまう。

本質を理解することなく、行動だけ先走っても、己の進化にはつながらない。大切なことは、自分自身できちんと物事の本質を理解し、義務教育によって植え付けられた間違った価値観や固定観念を、己の手で払拭していくことである。

※堀江貴文・著/『属さない勇気』より

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